近藤やっぱり1番変わったのは周りの環境ですよね。要するに人が誰もいない。田舎といえど隣近所で人はそれなりにたくさんいましたし、焼き物自体収入が特別多かったわけではなかったんですけど、昔ながらのお付き合いの人たちに助けてもらいながら、普通の生活ができていたんです。あのまま穏やかに暮らせていたらなっていうのは避難して初めて分かったんですけどね、去年戻ってきてその辺が全くゼロになっている。頭の中では分かっていたんですけど、実感としてはもう別世界ですね。人との交流が全くないっていうのが1番つらかったです。制作環境に関しては、これはもう避難生活を経験しているのでそれに比べたら。最低限ではありますが制作も販売もできてきました。ただ戻ったといえど、要は制作と販売の場を設けただけ:震震災災のの前前後後でで日日々々のの暮暮ららししかからら痛痛感感すするる変変化化浪 江 町 大 堀 に 帰 還 し て 1 年。 人 材 育 成 の 一 歩と し て、2025 年 4 月 か ら 青 木 さ ん と 伊 藤 さ んの 2 人 を 弟 子 に 迎 え た 近 藤 先 生 に 今 後 の 展 望を 伺 い ま し た。大堀相馬焼陶吉郎窯 窯主 近藤 学 氏セラフ榎本 代表取締役 榎本 修 × 2 人の弟子とともに、産地再興を歩む特 別 対 談38まずは、人まずは、人 窯元の養成を 窯元の養成を
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